1. 灯火を(ともしび)守る会を立ち上げた経緯
◆そもそも私がフィリピンに来るようになったのは、今から15年ぐらい前になります。某大手航空会社を辞め、旅行代理店を対象とした旅行会社のクラブのようなものを設立し、仕事をしていた時のことです。知り合いの方に透析患者さんを紹介されました。「海外なら腎臓を移植できるらしい。Kさんなら海外にいろんなツテがあるだろうし、どんな状況なのか教えてほしい」と。確かに私は、デトロイト駐在員時代に東大、京大、慶大などから派遣、研究されていたお医者さんたちと個人的に親交があり、医療関係の友人が多かったのです。日本でも、東洋医学と西洋医学の医師免許を持つ先生と懇意にしていたこともあります。その先生は中国から日本への帰還に当たり、私にスポンサーの一人になってほしいと依頼されたことでおつきあいが始まり、約2年間東洋医学のノウハウを指導してもらいました。また、日本の大手製薬会社に親友もいまして、移植についていろいろと教えてもらっていました。その方々との交流のおかげで、以前から世界の医療に関する知識はある程度もっていました。とはいえ、私自身が医療に間接的に携わるようになるとは思ってもいませんでした。患者さんにそうお願いされてから、個人的に調べてみようと思ったのが、この世界に入る直接のきっかけとなりました。
◆早速、親しい先生方に相談し、教えを乞ううちに「フィリピンがいいのではないか」という結論が見えてきました。フィリピンは後進国のイメージがありますが、昔は日本よりも進んでいたんです。米国の影響を大きく受けていますから。ちなみにアジアで最初の空港ができたのもフィリピンでした。また、日本でも腎臓移植のことを調べるうち、日本は他の国に比べてはるかに人工透析患者の多いこと、それに対して日本の医療界が人工透析以外の道を示していないことに愕然としていました。素人である私でさえ、人工透析が患者さんにとって最後の望みにさえならないことをすでに確信していましたし、それなのに日本の医学界が海外の臓器移植に対して難癖をつけ、いっこうに学ぼうとしない姿勢には、呆れるどころか怒りをも感じていました。
◆そんな中で紹介されたのが、アジアトップと言われるフィリピン人の移植外科医でした。彼は、米国をはじめ英国では臓器移植の世界的権威であるカーン教授の愛弟子として移植外科を専門に研究した後、フィリピン国立腎臓研究所の副所長を務めているとのこと。私は彼に会うために、フィリピンに向かったのです。もちろん私の目的は、日本の透析患者の実態を伝え、日本の患者の腎移植を受け入れて、ぜひ経験豊富なドクターに執刀してほしいということでした。ドクターのいる病院を訪ねてみてまず驚いたのは、こんなに広くて大きく充実した施設をもつ病院があるのかということ。今でいうNKTIですが、日本ではこんな大きな病院は見たことがなく「やはりフィリピンの移植医療は進んでいるな」と思いました。さらに、ドクターにお会いして話す段階にいたっては、ますますフィリピンに対して信頼を深めました。知人の紹介があったとはいえ、医療に直接関係のない私が突然訪問して大病院の高名な医師に合うこと自体、普通に考えると突拍子もないことですが、ドクターは本当に先生然としたところがなく、私の話に熱心に耳を傾けてくれました。さらに、私が知っていた東洋医学のノウハウをもって、感染症など恐れのある場合の診断方法などを話すうち、西洋医学の理論だけでは足りないものがあると感じたのでしょう。ドクターは「ぜひ協力しましょう」といってくれました。私はドクターに、人の生死を扱うという医療に対して、高邁な精神を感じ、向こうも私に対して信頼を感じてくれたのだと思います。あの頃からもう長いお付き合いが続いています。そんな経緯のなかで、私たち「灯火(ともしび)を守る会」の前身である、海外腎移植事情研究協会が発足しました。
◆そんな容易に話が進むのは不可能と一部の日本の皆さんは考えるところでしょうが、この背景にはフィリピンと日本の医療に根本的な違いがあるのです。フィリピンは米国に医療慣習に準じており、病院はどこも「オープンシステム」で運営されています。簡単にいうと、基本的に医師はそれぞれに開業医(個人事業主)であり、病院はその開業医の共有施設であるということ。大きな病院でも、日本のように院長や部長の意を受けて下の医師が動くというようなことはなく、それぞれの医師の考えのもとに各々独立した機能を持つクリニックが運営されています。基本的に誰もが平等に治療が受けられる日本の医療システムとは大きく異なっており、つまり資本主義自由社会の原則に則って、医療行為も富める者か貧しい層か、その患者の経済力によって受けることのできる治療の質・量の違いが明白であるのは事実です。日本の医療システムは資本主義国家の中でも社会福祉に重点をおき、一種のユートピア社会主義を実現させた特筆すべき国であることには異論をもちません。しかし、平等ゆえに進まない問題も多々あるのです。
◆フィリピンの移植医療が日本より進んでいると思われるのは、医療技術もさることながら、医師と患者の信頼関係の厚さでしょう。「インフォームドコンセント」とは、医療・治療に事前の提示による患者の同意という意味で、治療を行う前に医師が患者に病名を告知し、どのような対応をすることが最善かを充分に説明し、患者の意思を確認した上で同意を得ることが今や多くの国で常識となっておりますが、残念なことに日本ではまだまだ患者に分かりやすい説明がなされておらず、医師任せにしているのが現状です。欧米の影響を非常に強く受けて形成されたフィリピンの医療慣習は、何のための検査か、薬の名前と服用の必要性、予測される結果、危険性や副作用にいたるまで、必ず事前に詳しい説明がなされ、さらに患者にたくさん質問することを促し、患者の声に耳を傾けてくれるのです。医師と患者は「診てやっている・診て頂いている」関係ではなく「いつも同じ立場にある」という信頼関係の中で、患者の意思を尊重した医療が行われているのにはいつも頭が下がる思いです。
*上記の経緯は、当会の前身である「海外腎移植事情研究協会」が発足した1987年のことであり、現在では当会は国立腎臓移植研究所(NKTI)での移植手術のお手伝いはしておりません。
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