腎臓移植

フィリピン腎移植
8. 母を救った腎臓移植(MKさんの投稿体験手記)
  〜患者の家族の目から見た海外での腎移植〜

水分との戦い お水なんか見たくもない・・・
移植手術後三日目に、母はICUから個室へと戻ることが出来ました。免疫抑制剤の 副作用で、顔が少し膨らんだように見える以外は、本当に順調に回復してくれました。
狭くて息が詰まりそうなICUから、待望の病室へと帰って来た母を待っていたものは、 飲みきれないほどのお水でした。
点滴が外されたために、以後は自分の口から一日最低4リットルの水を飲まなければ なりません。

「奥さん、大きなジョッキに氷を入れて、キリキリに冷やしてあげましょうか?」
協会の方が冗談を言うと、
「お願いですから、お水のことはこれ以上言わないで下さい」
と真剣に答えるほど、今度は逆に水など飲みたくない母の姿に、あらためて移植の素晴ら しさを考えさせられます。

「ご飯なんかいらないから、冷たいお水だけを思う存分飲んでみたい」
つい三、四日前までは口癖のように言っていたのは、どこの誰だったのよ! と聞いてみた くなるほどの変わり様ですが、それもそのはず、戴いた腎臓が正常に機能してくれている お陰で、身体の中に今まで溜まっていた毒素が抜けたために、口の中も乾かず、身体が 水分を要求しないのですが、移植腎を活性させる目的と、免疫抑制剤の濃度を調整す るために、毎日最低4リットルもの水を摂取しなくてはならないのです。

一日に 4,000 cc ということは、就寝中の8時間を除くと、一時間毎に 250 cc もの 『ただの水』を飲まなくてはならない計算になります。文句一つ言わずに飲めたのは最初の 5〜6回だけで、あとはプライベート・ナースが時間毎にコップを差し出しても、暫くの間 じーと眺めているだけ。
「マミー、頑張ってね」と、ナースに励まされて、ようやくの思いで飲み干す母でしたが、 苦労は水を飲むことだけでは終わらなかったのです。
数日後、今度は『排泄の苦しみ』が待ち受けていたのでした。

(飲むものを飲めば、出るものも出る)
この当たり前の生理現象に気付いたのは、不覚にもカテーテルが外された後でした。

それまでは、膀胱から直接チューブで採尿されていたために、『尿意』を感ずることはなく、 汚い表現ですが、いわば《垂れ流し》の状態でしたので、お手洗いに行く必用がなくて、 睡眠や思考を妨げるものは何もありませんでした。
しかし透析期間中、ほとんど尿が出なかった母の膀胱は、使わなかった期間が長かった ゆえに非常に小さくなってしまっていて、200 cc ほどの尿を蓄える能力すらなく、昼と言わ ず夜と言わず、それこそ30分おきにお手洗いへ通わざるを得ませんでした。
それも、ただ普通に排尿すれば良いというものではなく、尿量をモニタリングする関係で、 不自由な格好を強いられたまま、いわゆる『尿瓶』にうまく採り入れる必要がありますので、 いっそう大変な作業となりました。
我慢強い母も、一日に30〜40回を超えるこの作業に、「男に生まれてくれば良かった」 と愚痴をこぼしたほどで、毎日回診にみえるドクターに、この大変さを訴えたものでしたが、 ドクターはニコニコ笑いながら、「ちょうど良い運動なのですよ」と、たしなめられたものです。
もっとも、一日毎に膀胱の容積も少しずつ本来の大きさに回復してきましたので、後には 母のお手洗い通いの間隔は、2時間ほどに伸びました。

このように書きますと、何だか文句ばかり言っているように聞こえてしまいますが、実際は、 お水を飲むことにしても、お手洗いに頻繁に通うことにしても、嬉しい悲鳴なのです。
好きなだけ水が飲めて、何年か振りに取り戻した『尿意』という感覚に触れることが出来 たのも、すべて関係者全員の努力とご厚意のお陰であり、心から感謝すると同時に、
(拒絶反応に襲われることなく、いつまでもこの幸せが続きますように)
と、何度も何度も祈ったものでした。

戴いた腎臓との組織の適合性が高かったことは勿論ですが、一面では、この必死の祈り が通じたのか、母は、医師団や栗原理事長らが目を見張るほどの順調な回復を示し、 手術後わずか17日目には退院を許され、その後はホテルから腎センターへと、週に4回の 通院で継続検査が行なわれ、その度に免疫抑制剤の分量が微妙に変えられましたが、 約3週間後には院長による帰国の許可をいただき、生まれ変わった姿で我が祖国に帰っ て参りました。

一透析患者とその家族が、己の費用と自助努力によって今の幸せを掴み得たわけです が、一方では逆に、様々な批判がある事も承知しています。
なかでも、その費用の負担能力をめぐっては、マスコミや一般の方々のみならず、同病に 苦しむ透析患者さんからも、「富める者だけが救われて良いのか」という疑問が呈されて いるようです。
しかしながら、敢えてこの疑問に対して口を開かせて頂けるのであれば、その『不公平論』 を唱える方々も、昭和40年代の中頃までは、我が国でもフィリピン同様、透析療法に 健康保険が適用されていなかったために、慢性腎不全=死 という時代が長く続き、 ごく一部の階層以外は、経済的理由で透析を受けられないままに、その命の灯火を消さ ざるを得なかった事をお忘れではないでしょうし、現在でも、ガン等の一部の疾病の場合は、 保険だけに頼っていたら満足な治療を受けることが出来ないという事実もご存知でしょうか。

富める者だけが生き長らえる事が悪であるならば、今から僅か30年前に、自費で透析を 受けていた患者さんは全員悪者になってしまいますし、今日、集中治療という名の下に 高度な医療をうけている闘病中のガン患者さんも、その治療そのものが悪となってしまいま す。

人間の生への欲求は、経済力と無関係に全ての人が持っている本能だと思います。
でも一方で、『難病の克服』とは、日本のような素晴らしい国に生まれたとしても、経済力 抜きには望めないことであり、これこそが厳しい現実なのではないでしょうか。

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