腎臓移植

フィリピン腎移植
8. 母を救った腎臓移植(MKさんの投稿体験手記)
  〜患者の家族の目から見た海外での腎移植〜

さいごに
素人が書いた拙い文章を、ここまで長い間お読みいただきまして、本当にありがとう ございます。
平凡な主婦である私にとっては、手記の執筆など初めての経験であり、理解に苦しむ 部分や、解りずらい表現も多々あったことと思いますが、どうかお許し下さい。

私は今回母の腎移植手術に同行して、延べ60日余りフィリピンに滞在しましたが、 旅行者とは違った角度から覗き知ることが出来た外国の事情に接し、私が自信を持っ て言えることは、
「私たち日本人は、この地球上で最も高度で手厚い医療を受けることが出来る、 世界一幸せな国民ではないでしょうか」
ということです。身近な事に例えれば、救急車の利用などが良い例だと思います。

理由の如何によらず、ケガや急病に際して、その国のどこからでも同一の番号にダイ ヤルすることにより、最寄の救急センターに電話がつながり、所持金を聞かれることなく 数分で救急車が駆けつけてくれて、治療可能な最も近くの病院に無料で搬送してくれ るー。ふだん当たり前のように利用しているこのサービスは、世界広しと言えども私たちの 国だけが持つものではないでしょうか。

何故ならば諸外国では、救急車の出動に対して一定の利用料を徴収していて、 多くの場合は救急車は病院に所属している関係で、病院の電話番号を調べなくては 電話もできず、日本のようには参りません。
また病院は病院で、ホテルの格と同じように料金格差があり、日本にのように 『どこの病院でも医療費と治療技術はほぼ同じ』という訳ではなく、患者の懐具合に よって、受けられる治療は全く異なって来ます。
これはなにもフィリピンのような、どちらかと言うと後進国だけに当てはまるという事ではなく、 アメリカでさえも費用の安い公立病院の外来は、常に5〜6時間待たされるという事が 普通のようです。

特殊な疾病を除いて、お金持ちもそうでない人も、その経済力とは無関係に、誰でも 何時でも、現在考え得る世界最高レベルの治療が安心して受けられるという事に、 私は日本人で良かったと、改めて感謝させられました。
そしてまた反面で、私の『医師観』がフィリピンで変えられたことも事実です。

ドクターたちは、どんな質問にも私が納得するまで答えてくれました。
また、望むと望まざるとにかかわらず、次の医療行為や投薬がもたらすであろう結果につ いて、良いことも悪いことも、全て事前に話してくれました。
さらに、日本のように《診察室では患者だけが粗末な丸イスに座って小さくなっている》 といった光景に出会うこともなく、医師と患者の上下関係を意識させられたことや、見下 したような態度で接しられたことは、一度もありませんでした。
このことは、帰国後に医師の診察を仰ぐ度に思い出され、私たちの国の医師の姿勢に、 何か基本的なことが欠如しているように思えてなりません。

この原稿を書いている今日現在、母は腎移植後2年と4ヶ月を無事に過ごし、現在 までに拒絶反応らしきものは何一つとして経験せず、お陰様で冒頭のように、テニスや 水泳を楽しんでいます。
しかし、ともすれば人間は『喉もと過ぎれば何とやら』で、つい現在の自分の状態を過信 しがちですが、母には、長く苦しかった透析の日々を決して忘れずにいて欲しいと思います。
そして過労を避け、医師の指示を忠実に守り、この戴いた宝物をいつまでも大切にして、 これからも末永く健康で幸福な人生を送ってもらうことを祈りながら、私の手記を結ばせて いただきます。
1991年1月12日
東京都 主婦 KM